日本ピストンリング(株)川口工場の変遷


【 ↑写真 】
1947年(昭和22年)頃の川口市元郷2丁目付近。赤線で囲った範囲が日本ピストンリング(株)川口工場 の敷地。上方が北で画像左寄りが芝川と岩槻街道(現在の国道122号線)。戦時下の軍需増産体制に 応えるべく工場敷地は広範囲に渡り、芝川岸にまで広がっていたが、戦後GHQの接収を経て民需転 換の為に敷地は整理縮小され、中央の道路を挟んだ右側のみとなった。


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1974年(昭和49年)頃の川口市元郷2丁目付近。周囲の住宅に比べて工場の大きさが良く分かる。特 に赤線内、日ピス敷地南側縦長、第一鋳造部の白い大屋根が目に付く。周辺にも大規模な工場が沢 山立ち並んでいる。黄色線内がKAFの前身、日本金属鋳造工業(株)の敷地。


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1979年(昭和54年)頃の川口市元郷2丁目付近。芝川は市東部に洪水対策の放水路が既に開削済み だが、まだ本来の太い流れを持っている。黄色線内、日本金属鋳造工業(株)は鋳造部門廃止に伴い 縮小され工場を解体、敷地右側部分が更地になっている。


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1984年(昭和59年)頃の川口市元郷2丁目付近。黄色線内、日本金属鋳造工業(株)は工場賃貸に業態 を転換、隣接の元敷地には8階建てマンションが立つ。芝川は上流青木水門と下流領家水門を閉じら れ閉鎖河川となり本来の流れを失っている。


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1989年(平成元年)頃の川口市元郷2丁目付近。日本ピストンリング(株)は1985年(昭和60年)栃木工場 を竣工、1935年(昭和10年)開設の川口工場はその役目を終え整理解体、広大な空地となり、跡地は 大手開発会社(株)大京に売却された。


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現在の同地の様子。(株)大京によって開発された日ピス跡地は建設当時日本一の超高層住宅エルザ タワーとなった。敷地右寄り、影の長く出ているのがエルザタワー55(高さ約185m)、敷地南寄りがエル ザタワー32(高さ約111m)、敷地中央がライオンズスクエアビル(サミットストア他)、敷地北側の空き地 には川口市立元郷南小学校が元郷4丁目より移転し新築された。周辺も工場が移転し、日に日に 住宅化が進行している。芝川はその浄化対策として埼玉高速鉄道線に併設された導水管で荒川から の取水を上流から人為的に流し、護岸も遊歩道整備が進められている。